鈴は、いつもと変わらず跳ねるように俺に飛びついてきた。
ふわりと揺れた短いワンピースの裾からのぞいた華奢な脚と細い躰は、2日前に彼女を抱きしめたときより少しだけ痩せた気がした。
「鈴.....」
「類、おかえり」
ニコリと鈴は微笑んだ。
「ずっとどこに行ってたの?あたし、待ってたんだよ」
そういって頬を膨らます。
何事もなかったかのような鈴の態度に、俺は少しの違和感を感じた。
よく見れば、鈴の瞼は少しだけ赤味を帯びて腫れている。泣いていたんだろうと容易に想像できた。
「鈴、ちゃんとご飯食べてる?」
「食べてるよ。やさしいんだね、もう好きじゃないなら、放っておけばいいのに」
鈴はそういうと、俺の腕をすり抜け背を向けた。
そして、鈴は、自分の左手の指輪を触れながら、
「類、お揃いの指輪も外したんだね......」
丸の内のマンションで、あの日外してそのままだと思い出す。
「もう捨てちゃったの?」
鈴が振り返り、責めるような目を向けた。
「そんなわけない」
「じゃぁ、どこにあるの?類の好きな人のところ?」
「違うよ」
「とりにいくから、連れて行って。今すぐ」
鈴は、俺の腕を取り歩き出そうとする。
「鈴、それは後でもいいことだろう?今は、話を.....」
そういった俺の言葉を切る様にいった。
「話ってなに?類の好きな人の話?そんなの聞きたくない」
鈴は、そのままその場で泣き出してしまった。
「指輪、連れて行って、可哀そうだよ。1つだけ離されて。類がもういらないならいいよ。あたしが二つもつから。だから早く、連れて行って。お願い.....」
「鈴.....」
俺は、仕方なく鈴を車に乗せ丸の内のマンションへ向かった。
本当は、鈴をあの場所へ連れていきたくはなかった。あそこは、俺と牧野の家だったから。鈴は、きっと勘がいいからすぐに気が付くだろう。
「類の運転する車に乗るの久しぶり」
鈴は、助手席のシートに深く座ったままで呟いた。
ほんの1週間前までは、俺たちは笑いあっていた。なのに、今は話す言葉もない。
俺自身もこれから、鈴とどうやって向き合っていけばいいのかその答えが見つからない。。
嫌いになったわけじゃないから。
たぶん、鈴も今同じ気持ちでいるんだろうと思う。
マンションの専用エレベーターに乗り込んで、最上階まで、一気に登り切った。
鈴は、ドアを開けるなり、リビングへと向かった。
リビングのテーブルの上には、2つのエンゲージリングが、そのままになっていた。
1つは、俺たちのペアリング。そして、もう一つは牧野へ渡すつもりだったものだ。
鈴は、俺のリングを手に取ると、俺の左手の薬指に填めた。そして、もう一つのリングを箱のままで手に取った。
「類の好きな人へのエンゲージリングなんだね。去年の日付が刻印されてる。渡せなかったの?」
鈴の声が震えていて、俺は何も答えることができない。なにか、ひとことでも話したら、鈴を深く傷つけてしまいそうだった。
「あたし、あの時、類が泣いてるの見たの。だから、あたしがそばにいるって思った」
「鈴?」
「大好きだったから。まだ、子供のころから類のお嫁さんになるってずっと思ってた。うれしかったよ。鈴おいでって、言ってくれて」
鈴の目からは涙が伝っていて、鈴の小さな手が、俺の左手にさっき填めた指輪を触れた。
「類、ぎゅってして?寂しいよ」
鈴は、手を回せないでいる俺の背に腕を回し抱きついた。
震える鈴の躰を俺は、ゆるく抱きしめた。けれど、これ以上は、牧野を傷つけることになるからできない。
「あたしのこと嫌いになった?」
「そうじゃないよ。けど、ダメなんだ。これ以上誰かを傷つけたくない」
鈴は諦めたかのように俺の胸の頬を寄せたままで目を閉じていた。
互いの鼓動を肌で感じるひと時。それは、いつもの俺たちが、愛し合ったあとにしていた行為。
「類の嘘つき。好きって言ったのに。愛してるって言ったのに」
俺に回した鈴の腕に力が入っていく。
「ごめん」
鈴の心が痛かった。
鈴は、力任せに俺にキスを強請った。カウチに座っていた俺を押し倒すと、上にのって唇を合わせた。微かなリップ音が、静かな部屋に響く。
ちいさな鈴の力なんてたかが知れている、振り払えば済むことなのに、今の俺には、それができない。自分のしていることへの罪悪感から、今は鈴のしたいようにさせるしかなかった。
「あたし、人魚姫でもいいって思った。最後は海の泡になっていいから、大好きな類と一緒にいたい」
「海の泡とかそういうこというな」
「どうして?人魚姫はきっと王子様を恨んでなんかいないよ。だって、ひと時でも大好きな人と一緒にいれたから。ナイフを捨てたのはそういうことでしょ?大好きだったから」
「鈴は人間だろ」
「同じだよ。人魚だって人間だって、誰かを好きになる気持ちは一緒だよ。好きになってもらいたいって......類のばかぁ。こんなに好きなのに。どうして、あたしじゃないの?」
鈴は、自らの上着を脱ぎ肌を晒した。
「あたし、知ってたよ。類があたしを初めて抱いた時、あたしじゃない誰かを想って抱いたこと」
「鈴.....」
「類は、あのとき、あたしじゃない誰かの名前を何度も言いかけた。そのたびに本当は悲しかった」
鈴からの告白に言葉を失う。
「それでもいいって思った。類が、悲しい顔をしてたから、類の涙を初めて見たから。あたしも類が欲しかったから。代わりでもいいって思ってしまったの」
鈴は、俺のシャツに手を掛ける。
「最後ぐらい、ちゃんと抱いてよ。代わりじゃなくてあたし自身を......愛して」
鈴の瞳から落ちた涙の雫が、俺の胸を伝い濡らしていた。
今日もありがとうごうございます。これ、微妙にハニートラップ?現時点で鈴ちゃんは、類に馬乗り.....(>_<)
最近、少し誤字脱字、表記揺れ多い感じです。そういう部分は後で直しておきますね。
今日のBGMは、NOKKOの 「人魚」かな。この曲は、私の中では、鈴音のテーマソングです(o^―^o)