第35話 人魚姫

Inclusion
第35話 人魚姫




 鈴は、いつもと変わらず跳ねるように俺に飛びついてきた。
 ふわりと揺れた短いワンピースの裾からのぞいた華奢な脚と細い躰は、2日前に彼女を抱きしめたときより少しだけ痩せた気がした。

「鈴.....」
「類、おかえり」

 ニコリと鈴は微笑んだ。

「ずっとどこに行ってたの?あたし、待ってたんだよ」

 そういって頬を膨らます。
 何事もなかったかのような鈴の態度に、俺は少しの違和感を感じた。
 よく見れば、鈴の瞼は少しだけ赤味を帯びて腫れている。泣いていたんだろうと容易に想像できた。

「鈴、ちゃんとご飯食べてる?」
「食べてるよ。やさしいんだね、もう好きじゃないなら、放っておけばいいのに」

 鈴はそういうと、俺の腕をすり抜け背を向けた。
 そして、鈴は、自分の左手の指輪を触れながら、

「類、お揃いの指輪も外したんだね......」

 丸の内のマンションで、あの日外してそのままだと思い出す。

「もう捨てちゃったの?」

 鈴が振り返り、責めるような目を向けた。

「そんなわけない」
「じゃぁ、どこにあるの?類の好きな人のところ?」
「違うよ」
「とりにいくから、連れて行って。今すぐ」

 鈴は、俺の腕を取り歩き出そうとする。

「鈴、それは後でもいいことだろう?今は、話を.....」

 そういった俺の言葉を切る様にいった。

「話ってなに?類の好きな人の話?そんなの聞きたくない」

 鈴は、そのままその場で泣き出してしまった。

「指輪、連れて行って、可哀そうだよ。1つだけ離されて。類がもういらないならいいよ。あたしが二つもつから。だから早く、連れて行って。お願い.....」
「鈴.....」

 俺は、仕方なく鈴を車に乗せ丸の内のマンションへ向かった。
 本当は、鈴をあの場所へ連れていきたくはなかった。あそこは、俺と牧野の家だったから。鈴は、きっと勘がいいからすぐに気が付くだろう。

「類の運転する車に乗るの久しぶり」

 鈴は、助手席のシートに深く座ったままで呟いた。
 ほんの1週間前までは、俺たちは笑いあっていた。なのに、今は話す言葉もない。
 俺自身もこれから、鈴とどうやって向き合っていけばいいのかその答えが見つからない。。
 嫌いになったわけじゃないから。
 たぶん、鈴も今同じ気持ちでいるんだろうと思う。



 マンションの専用エレベーターに乗り込んで、最上階まで、一気に登り切った。
 鈴は、ドアを開けるなり、リビングへと向かった。
 リビングのテーブルの上には、2つのエンゲージリングが、そのままになっていた。
 1つは、俺たちのペアリング。そして、もう一つは牧野へ渡すつもりだったものだ。
 鈴は、俺のリングを手に取ると、俺の左手の薬指に填めた。そして、もう一つのリングを箱のままで手に取った。

「類の好きな人へのエンゲージリングなんだね。去年の日付が刻印されてる。渡せなかったの?」

 鈴の声が震えていて、俺は何も答えることができない。なにか、ひとことでも話したら、鈴を深く傷つけてしまいそうだった。

「あたし、あの時、類が泣いてるの見たの。だから、あたしがそばにいるって思った」
「鈴?」
「大好きだったから。まだ、子供のころから類のお嫁さんになるってずっと思ってた。うれしかったよ。鈴おいでって、言ってくれて」

 鈴の目からは涙が伝っていて、鈴の小さな手が、俺の左手にさっき填めた指輪を触れた。
 
「類、ぎゅってして?寂しいよ」

 鈴は、手を回せないでいる俺の背に腕を回し抱きついた。
 震える鈴の躰を俺は、ゆるく抱きしめた。けれど、これ以上は、牧野を傷つけることになるからできない。

「あたしのこと嫌いになった?」
「そうじゃないよ。けど、ダメなんだ。これ以上誰かを傷つけたくない」

 鈴は諦めたかのように俺の胸の頬を寄せたままで目を閉じていた。
 互いの鼓動を肌で感じるひと時。それは、いつもの俺たちが、愛し合ったあとにしていた行為。

「類の嘘つき。好きって言ったのに。愛してるって言ったのに」

 俺に回した鈴の腕に力が入っていく。

「ごめん」

 鈴の心が痛かった。
 鈴は、力任せに俺にキスを強請った。カウチに座っていた俺を押し倒すと、上にのって唇を合わせた。微かなリップ音が、静かな部屋に響く。
  ちいさな鈴の力なんてたかが知れている、振り払えば済むことなのに、今の俺には、それができない。自分のしていることへの罪悪感から、今は鈴のしたいようにさせるしかなかった。

「あたし、人魚姫でもいいって思った。最後は海の泡になっていいから、大好きな類と一緒にいたい」
「海の泡とかそういうこというな」
「どうして?人魚姫はきっと王子様を恨んでなんかいないよ。だって、ひと時でも大好きな人と一緒にいれたから。ナイフを捨てたのはそういうことでしょ?大好きだったから」
「鈴は人間だろ」
「同じだよ。人魚だって人間だって、誰かを好きになる気持ちは一緒だよ。好きになってもらいたいって......類のばかぁ。こんなに好きなのに。どうして、あたしじゃないの?」

 鈴は、自らの上着を脱ぎ肌を晒した。

「あたし、知ってたよ。類があたしを初めて抱いた時、あたしじゃない誰かを想って抱いたこと」
「鈴.....」
「類は、あのとき、あたしじゃない誰かの名前を何度も言いかけた。そのたびに本当は悲しかった」

 鈴からの告白に言葉を失う。

「それでもいいって思った。類が、悲しい顔をしてたから、類の涙を初めて見たから。あたしも類が欲しかったから。代わりでもいいって思ってしまったの」

 鈴は、俺のシャツに手を掛ける。

「最後ぐらい、ちゃんと抱いてよ。代わりじゃなくてあたし自身を......愛して」

 鈴の瞳から落ちた涙の雫が、俺の胸を伝い濡らしていた。






今日もありがとうごうございます。これ、微妙にハニートラップ?現時点で鈴ちゃんは、類に馬乗り.....(>_<)
最近、少し誤字脱字、表記揺れ多い感じです。そういう部分は後で直しておきますね。
今日のBGMは、NOKKOの 「人魚」かな。この曲は、私の中では、鈴音のテーマソングです(o^―^o)


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2019/03/20 (Wed) 06:28 | EDIT | REPLY |   

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2019/03/20 (Wed) 06:55 | EDIT | REPLY |   

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2019/03/20 (Wed) 07:33 | EDIT | REPLY |   

類大好き  

ちょっとダメダメな類ですね
鈴をマンションに連れて来ちゃいけないでしょ‼️
これで類が鈴を抱いたら
人間としてアウトでしょ
そしたら
もう
読まないです

2019/03/20 (Wed) 08:13 | EDIT | REPLY |   

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2019/03/20 (Wed) 09:33 | EDIT | REPLY |   

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2019/03/20 (Wed) 09:44 | EDIT | REPLY |   
sirius

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て**さんへ

こんにちは。
つくしが自分からここに来ることは、ないので、鉢合わせはないです^^この部屋のカギは、つくしちゃんもう持ってないんです。最初に類と別れたときに、鍵は類に返してます^^
一言コメ、て**さんの、緊張感が伺えました^^ナイスリアクションです。コメありがとう。

2019/03/20 (Wed) 13:19 | EDIT | REPLY |   
sirius

sirius  

ず*さんへ

こんにちは。
お早いコメントありがとうございます。
そそ、そうなんですよ。二人だけの場所って、わかってて連れてきています。そして、私もあえてそういう風に書いてます。
さすがに、昔からの読者様だけあって、私の意図がよくわかっていらっしゃる!今回のシーンは、私にとってあまり重要じゃなくて、とあるシーンを書きたいがために生まれたシーンですので。類になにかミスというかエラーを起こさせたのでこんな感じにしました。卒業式ですか~。お気をつけて行ってきてください。いつもありがとう~!

2019/03/20 (Wed) 13:28 | EDIT | REPLY |   
sirius

sirius  

悠**さんへ

こんにちは。
鈴の救済ですか。なかなか難しいですよね。類は、完全に鈴には弱いですので自分からはその手を離せないと思います。
離さないではなくて、離したくても離せないんです。類にとって鈴は、それぐらい特別な子です。ただの妹ではないんですよね。
コメありがとう。

2019/03/20 (Wed) 13:43 | EDIT | REPLY |   
sirius

sirius  

類大好きさんへ

こんにちは。
そうですね。仰るとおり、ダメダメな類なんです。すでに、類には婚約者がいて、しかもその婚約者は政略結婚でもない親が押しつけたわけでもない類自身が納得して受け入れたものです。それを承知で、過去になにかがあったとはいえ、元カノのつくしとよりを戻してつくしもそれに乗ってしまっています。その時点で本来ならこの二人は人としてアウトです。鈴も美沙も、類のことが好きだからそれぞれの思惑のなかでもがいていますが、そのほうがよっぽど可愛らしいと私は思います。
もともと、このInclusionというお話は、その意味通り、内包物。今回はタンザナイトというゾイサイトをキーワードにして、その中に含まれるinclusion(内包物)を意味しています。要は、不純物のことです。そういう感情に焦点を当てたお話なので、類にもつくしにも、そのイメージが壊れるぐらい掘り下げていっています。それは、この後も続きます。そうやって苦しんで悩んで過ちを犯して、二人が、それぞれのキャラクターが手にするものは何なのか?そういうお話です。なので、ふつうの類つくほんわかのお話とはちがうので、今回のように無理だ~って思ったら、パチンと違うページをクリックして消していただければと思います。コメありがとうございました^^

2019/03/20 (Wed) 15:09 | EDIT | REPLY |   
sirius

sirius  

お**さんへ

こんにちは。鈴は、この言動から別れる覚悟はしているようですね。別れを受け入れようとしているのか、そうでないのか。すごく、微妙ですが^^19歳という若さゆえの吐露ですね、これは。類君の中では、鈴がすべてを受け入れるまで待つつもりだと思います。婚約者という立場上、この二人が抱き合っても、本来はだれも文句は言えないはずなんですけれども。類君成長して欲しいですが、できるかな~。そうですね、察していただいたとおりの部分になるかと。あと、類君と鈴の初めてのシーンは、過去のエピソードで出てくると思います。それは、類とつくしが別れる決定的なことが起きた後になりますね。

2019/03/20 (Wed) 15:34 | EDIT | REPLY |   
sirius

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n*****17さんへ

こんにちは。
そそ、鈴は以外と大胆だなぁと。見かけがブリブリのお嬢様でんですけどね。(のちほど立ち絵としています希望があればお見せできると思います)
泣いたり笑ったりは、計算ではなく、感情をそのままだしてしまうからですね。なので、計算しているわけではないです。だた、すごく類に依存して甘えている部分はあります。類が自分を大切にしていることも十分わかっているし、実際すごく大切にされていたと思います。つくしの代わりだけではなかったはずです。でなければ、類がこんなにも悩まないと思うんですよ。類君、ここでは理性の文字を何度も飛ばしてますからね~。感情なのか欲望なのか設定26歳青年男子なのでね。コメありがとう。

2019/03/20 (Wed) 15:45 | EDIT | REPLY |   

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2019/03/20 (Wed) 17:19 | EDIT | REPLY |   

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2019/03/20 (Wed) 23:45 | EDIT | REPLY |   
sirius

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l***さんへ

こんばんは。
そうなんです。みんな辛い恋をしています。
それがいつか報われればいいなぁと思います。
マンションにいれたことは、バレるかな、たぶん。
コメありがとう

2019/03/21 (Thu) 00:20 | EDIT | REPLY |   
sirius

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金***さんへ

こんばんは。
おお~!私も同じことを考えていましたよ。
鈴ちゃんは、若紫、そそ、紫の上ですね。そのイメージですね。
類が大事に育てて、結局自分で手を付けるという・・・・なんちゅうことをしてくれるん!!みたいなかんじです(´;ω;`)ウッ…
美沙は、いいですね~そこらへん。つくしちゃんは、だれだろう?
あの時代に雑草のつくしはいるかしら?
今日もとても楽しい、そして共感できるコメントでした!ありがとうございます。

2019/03/21 (Thu) 00:24 | EDIT | REPLY |   

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