第46話 さよならの笑顔

Inclusion
第46話 さよならの笑顔






「相変わらず、この庭の寒椿は美しい。素晴らしい眺めだね」

白石幸市は、その花に手を添えながら、穏やかな笑みを俺に向けた。

「お久しぶりです。幸市おじさん」

松の内が明けてすぐに、俺は、鈴の父親に呼び出された。
年始にドイツより帰国していた彼は、俺の父に会うために邸に来たという。
自分の父親の友人にしては、若く、年の頃は、40台半ば過ぎだろうか。幼いころの記憶とそう変わらないように見えた。静かな眼差しは、鈴とは少し違っていて、とても控えめな印象を受ける。

「類君、君に、こうしてきちんと会うのは初等部の時以来かな」
「はい」
「あの頃は、まだ君も幼かったからね。こんな素敵な青年になっているとは。鈴音が惚れるのもわかるな」

婚約の件での話だろうと予測はしていた。
俺は、彼の大切な娘を結果的に傷つけてしまった。何を言われようと仕方ない、叱責されるのを覚悟してきた。

「婚約の時、こうして来ることができなくてすまなかったね。私も仕事が忙しくてね」
「いえ、その件でお話があります。鈴音さんとは、先日別れました」

申し訳ありません、と俺は頭を深く下げた。それに対し、何も言わず、頭を下げたままの俺の肩をポンと叩いた。

「顔を上げなさい。類君、その件は、君のお父様から、すでに聞いているよ」

俺は、ゆっくり頭を上げ、視線を合わせた。
その顔は、穏やかで怒りの一つも感じられない。それどころか、驚いている俺を見て僅かに口元を緩ませる。鈴の微笑みにも似ているその口元に、ズキンと胸に痛みが走る。

「本当は、鈴音の父親として、君を責めるべきなのかもしれない。しかし、君と君の愛する人の邪魔をしてしまったのは鈴音の存在だからね。それは、鈴音を日本に帰国させた私のせいでもあるんだよ」

すまなかった、と逆に言われてしまう。
鈴が、俺たちの邪魔をしたわけではないのに。俺たちのすれ違いがすべてであって、悪いのは俺自身なのに。鈴が悪者になってしまっていることに、やるせない思いが生まれる。

「鈴音は、ずっと君のことを本当の兄だと思っていたんだよ。ドイツへ鈴音を連れていくころに、私が再婚して新しい母親ができた。そして、妹も生まれた。そんな中で、君との幼いころの思い出だけをずっと温めてたんだろうね。鈴音の孤独を私は気が付いてあげれなかった」

俺は、耳を疑った。
鈴は、そんなこと一言も俺には言わなかった。そして、本当の兄妹でないことは、あの別れた幼い日に知らされたと思っていた。

「鈴は、いつまで俺のことを本当の兄だと。おじさまが事実を彼女に伝えたのはいつですか?」

暫しの沈黙が流れる。

「事実を話したのは、あの子が高校の時。大学の進路を決めるときだよ。それを聞いて、あの子は日本へ行くと言い出した」

まさか、と俺は息を飲んだ。
いくらなんでも、その年齢まで気が付かないはずはない。

「鈴音は、本当の母親の顔も覚えていない。あの子の幼い記憶のあたたかな愛情のすべては、この花沢邸で過ごした、君との時間なんだよ。それを奪ってしまうのが私は、怖かった。ずっと、君との記憶を心の支えにあの子は生きてきたからね。あの子にも、君にもすまないことをした」

記憶の上塗り。鈴音は、気が付いていながらも、それを心が否定していたのだろう。あの年齢にしては、俺に対して無邪気すぎるぐらいの振る舞い。あまりにも無垢でまっすぐな心だった思う。そのすべてに納得した。

静かな庭に、北からの風が一瞬入り込んだ。庭の木々は、大きくその枝を揺らす。
カサリカサリと寒椿の花びらが散り落ちた。

「鈴音は、ドイツへ連れて帰ることにしたよ。ここにいたら、君も迷惑だろう。君の結婚の邪魔にもなってしまうから。今日は、そのことを君のお父様と話をしたんだ」

鈴がいなくなる。
心のどこかで覚悟はしていた。
鈴との別れを決めた時点で、避けては通れないことも。




「おにいちゃん.....お帰りなさい」

庭に鈴が下りてきた。
あの別れの日から、鈴に会うことはなかった。

「鈴.....ただいま」

少し痩せた鈴は、嬉しそうに微笑んで、相変わらず俺の腕に飛び込んできた。
しかし、それは、もう恋人としてではなく兄妹としてのふれ合いに過ぎない。

「鈴音、類君には、私から話しておいたから」

鈴は、父親をみると唇を噛んだ。
そして、ポケットから何かをとり出した。

「これ、返すね。おにいちゃんにとって大切なものだよね」

俺の目の前に差し出されたのは。幼い日あの別れの日に、鈴に渡したシルバーのクロスのペンダント。俺が幼いころに母親から貰ったものだ。

「まだ持っていたのか」
「うん。ドイツにいた頃はずっとつけてたんだけど。こっちに来てからは、部屋で寝る前にだけつけた」

俺は、それを受け取った。
そして、再び鈴の首につけた。鈴の驚いた顔は、この先、きっと忘れることはないだろう。

「鈴は、俺の妹だから。これは、鈴の物だよ」
「おにいちゃ......」

鈴が、父親の顔をちらりとみると、おじさんは静かに頷いた。



「白石様!お車のご用意ができました」

田村が、荷物をもって迎えにきた。

「類君、また、君に会えることを楽しみにしてるよ。次会うときは、君の結婚式になるのかな」
「どうでしょうか。俺も、この後、ミラノへ行くことが決まっているので」

そうか、と軽く頷いて、思い出したように言葉を紡いだ。

「類君、余計なことは言うなと君のお父様に言われたが、今回のことは、すべて君のお父様の計らいだ。君は、愛されてる。未来のこの企業のトップとしてではなく、花沢家の息子として、花沢類として。それは、なにより幸せな事なんだよ。その意味が今の君ならわかるね」

その言葉を、先に鈴が車の後部座席に乗りこむのを遠くに見ながら聞いた。

「鈴.......」

まだ、別れの言葉も交わしていないのに。

「見送ります」
「無理することはない。辛いぞ」
「これからの鈴のためにも」
「鈴音を大切に思ってくれて、ありがとう」

鈴のような微笑みを見せて車へと向かう。そのあとを歩いた。


遠い昔、あの時と同じように、後部座席に乗った鈴を見送る。

「おにいちゃん、また、遊びに来てもいい?」
「いいよ。待ってるから」
「またね、さよなら、おにいちゃん」

ドアが閉められると、鈴はあの時と同じようにペンダントをぎゅっと握りしめて。
その手が震えているのに、俺は気が付いてしまう。

ガラス越しの笑顔は、いつしか涙が止まらなくて。
それでも、車は走り出した。

あの時と同じ。
鈴の声が耳に残る。

「おにいちゃん....おにいちゃん、大好き!!」

大きく手を振る鈴を見送った。
あの時と違うのは、悲しみだけではなかったこと。

鈴の笑顔が最後まで消えることはなかった。


それは、春まだ遠い、寒椿が咲く彼は誰れ時の出来事。


ランキング参加中です。
にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
カエルの類君クリックしてね


関連記事
  • COMMENT:8

8 Comments

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/04/15 (Mon) 05:47 | EDIT | REPLY |   

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/04/15 (Mon) 08:13 | EDIT | REPLY |   

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/04/15 (Mon) 09:44 | EDIT | REPLY |   

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/04/15 (Mon) 20:16 | EDIT | REPLY |   
sirius

sirius  

悠**さんへ

こんばんは。
鈴ちゃんのスピンオフありますよ。
このお話が完結してから、類とつくしと鈴のスピンオフ用意してます^^
コメありがとう。

2019/04/16 (Tue) 17:20 | EDIT | REPLY |   
sirius

sirius  

ず*さんへ

こんにちは。
そうですね、鈴は最後までいい子であると思います。
鈴は、とにもかくにも、類が好きで、ただそれは、本人も気が付いていないんでしょうけど、やっぱり兄妹愛に近いのかもしれませんね。今後も、ずっと類を好きでいると思います^^
コメありがとうございます。

2019/04/16 (Tue) 17:25 | EDIT | REPLY |   
sirius

sirius  

ル*さんへ

こんにちは。
そうですね、類と鈴の恋はこれで終止符を打たせていただきました。
でも、類と鈴の兄妹としての関係がなくなるわけではないので、つくしちゃんは。もし類君と結婚しても、鈴はもれなくついてきます^^という感じですかね。類とつくしの心さえ決まっていれば、遠恋もなんのその!だといいんですが。
最後までお付き合いください。

2019/04/16 (Tue) 17:30 | EDIT | REPLY |   
sirius

sirius  

お**さんへ

こんにちは。
類の周りの大人たちは、このお話では、意外とみんな優しいです。類の父親にしても、つくしとの恋を反対はしません。すべては、類に委ねています。それは、類の為を思ってのこと。このお話のいいところは、そこかな。理不尽な邪魔は実ははいらない。
あくまで二人の心次第です^^もうすぐ、ミラノへ行ってしまう前に、二人の絆を固く結んで欲しいですけど、類君、鈴との別れを引きづっていて。年末から、つくしちゃんを抱いていませんという現実。抱っこはしてるんだけどね。意外とデリケートです^^
コメありがとう。

2019/04/16 (Tue) 17:37 | EDIT | REPLY |   

Post a comment